無料アクセス解析
  1. 無料アクセス解析

スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

カメラータ・トウキョウより、吉松隆作品集/「鳥たちの時代」が再発売。

2009年08月28日 01:16

高校生の時に、都会仙台まで出ていって求めたCDが再発売。


yt
吉松隆作品集/「鳥たちの時代」



「CDの初出が1991年だから18年前。一番古い録音(チカプ。1982年)は27年前!だ。
これを読んでる「キミ」は生まれていたろうか?」
- (八分音符の憂鬱
と吉松氏は自身のブログで書いている。確かに、変化が時間を追い越していくようなスピードで、多くのことが過ぎ去っていった。何しろ田舎の高校生が、インターネットで世界に繋がるなどとは(それどころかCDや楽譜を注文することすら)考えられなかった時代なのだ。


それでも、21世紀になった今でもこれだけは言える。
このCDに収められた作品は、掛け値なしに傑作だ。

何回聴いたかわからない、レコードのように擦り切れてしまわないのが逆に残念なほどに、ぼくはこのCDから聴こえる吉松隆という作曲家の音楽に惹かれた。


しかしこの「鳥たちの時代」、もしかすると今の時代にこそ(沁み渡るように)響くかもしれない。

「鳥たちの時代」は、まだ羽ばたく前の吉松の音楽であり、未だ光を見出せない不安と焦燥と反骨と気概と、それでいてけっして絶望していない根っからのオポチュニストの作曲家の、青春の音楽であるからだ。



シャンドスの一連のオーケストラ作品で吉松隆を知った方にもぜひお勧めしたい。
シンフォニストを自認する吉松だが、僕は室内楽作品にこそ、その真骨頂がある気がする。


[image/air_ : 細越一平]

 吉松隆さんのブログに思う、魚座の音楽論、ファジーバード・ソナタ。

 白い風景 吉松隆
 朱鷺(トキ)に関するニュースを2つ、吉松隆、「朱鷺に寄せる哀歌」。
 音楽ノート1
スポンサーサイト

カーネギーホールがTwitterで学生席をアナウンス、iPhone / iPod touchのオーケストラ・ファンアプリ。

2009年08月27日 00:22


Students!
Low on Cash?
Want to hear world-class music in a world-class space?
Student subscriptions only $15 per ticket!
http://ow.ly/lijc
-http://twitter.com/carnegiehall/status/3541677978


カーネギーホール(http://www.carnegiehall.org/SiteCode/Intro.aspx)がTwitterのアカウント(http://twitter.com/carnegiehall)を持ち、1週間で500のフォロワーを獲得した。
その報告の2時間後のTweetを引用した。


つまりは、学生に15ドルでセンターバルコニーの席を用意しましょう、ということだ。
シリーズによってまとまった数回のコンサートがあるのだが、例えばこれも計60ドル。

Titans of the orchestral repertoire are performed by some of the world’s greatest ensembles. The Berliner Philharmoniker performing Brahms will be an occasion long remembered by music lovers, as will be the “transcendent tour de force” (Telegraph) that is Mariss Jansons and Amsterdam’s Royal Concertgebouw, the majestic Vienna Philharmonic playing Mahler, and the Mariinsky Orchestra performing part two of Berlioz’s Les Troyens.

Wednesday, November 11, 2009 at 8 PM
Berliner Philharmoniker
Saturday, January 16, 2010 at 8 PM
Vienna Philharmonic Orchestra
Wednesday, February 17, 2010 at 8 PM
Royal Concertgebouw Orchestra
Wednesday, March 10, 2010 at 8 PM
Mariinsky Orchestra


恐らくぼくが今学生だったなら、間違いなくひと冬ニューヨークで越します。



先日、ニューヨーク・フィルハーモニックがiPhone / iPod touch用のアプリを発表という記事をエントリーしたが、同じくInstantEncoreから、オーケストラの新しいファンアプリがリリースされている。

Indianapolis Symphony Orchestra 19 Jul 2009
: http://www.instantencore.com/contributor/contributor.aspx?CId=5095498
Cornell Orchestras 27 Jun 2009
: http://www.instantencore.com/contributor/contributor.aspx?CId=5131090
London Philharmonic Orchestra 7 Aug 2009
: http://www.instantencore.com/contributor/contributor.aspx?CId=5096822

その構成は「先駆者」のNYPと一緒だが、それぞれ独自性のあるコンテンツを有している。
(例えばインディアナポリスはGabriela Lena FrankのPeregrinos (Pilgrims)という作品の世界初演、学生オーケストラのコーネルは非常に意欲に富んだプログラム等)

無料のアプリなので、ぜひダウンロードしてみることをお勧めします。


今、インターネット上の様々なツールに、これまであまり有効にインターネットを活用してきたとは言い難いアート関係、とりわけ芸術音楽関係が参入してきている。
しかし、来シーズンに30回以上のインターネットでのライブコンサートを開催するベルリン・フィルは例外として、その他ほとんどの参入目的は明確で、切実だ。

すなわち、我々のコンサートに足を運んでほしい。我々の音楽に耳を傾けてほしいという願いだ。


[image/air_ : 細越一平]

 ニューヨーク・フィルハーモニックから、iPhone/iPod touch用のアプリが登場。
 アート関係者にとって、TwitterもしくはFacebookは有効なツールと成りえるか?
 優れた音楽家(演奏家)のための環境(場)を創るために。
 Facebook・Twitter・FriendFeed、それぞれの活用法、「可能性」と二進法。
 JASRAC排除命令が供託金によって免除、JASRACに関するリンク。

ニューヨーク・フィルハーモニックから、iPhone/iPod touch用のアプリが登場。

2009年08月24日 00:05

ニューヨーク・フィルハーモニックから、iPhone/iPod touch用のアプリが提供されている。
オーケストラが自前のiPhone用のアプリを持つのは世界で初めて。

Philharmonic iPhone & iPod Touch Application
このアプリ(無料)をダウンロードすれば、何処にいてもニューヨーク・フィルと繋がることができるというのがふれこみのようだ。


早速使ってみたが、この無料アプリ、UIもよく、とても使いやすい(ただ、少々落ちやすい)。
そして用途が明確。
つまり、チケットを購入するか、コンサート情報を確認するか、ポッドキャストの音楽を再生するか。そして寄付も可能とのこと。

ニューヨーク・フィルハーモニックは、公式の非常に充実したウェブサイトの他に、Twitterをはじめとしたインターネット・ツールを有効に活用している。

website : http://nyphil.org/index.cfm
Twitter : http://twitter.com/nyphil
Myspace : http://www.myspace.com/newyorkphil
Facebook : http://www.facebook.com/nyphilharmonic
YouTube : http://www.youtube.com/user/NewYorkPhilharmonic

世界的に見ても、ニューヨーク・フィルハーモニックはこの分野で最も先進的なマネジメントを行っている。シカゴ交響楽団あたりがそれに続く。ベルリン・フィルは最近Twitterに登場してきた。



ちなみに、東京を中心に活動するメジャー・オーケストラでこういった取り組みを行っている団体は、恐らくない(一応調べてみたが、もしある場合はご連絡ください)。かろうじて新日本フィルが音楽配信やポッドキャストを活用し始めている。



Philharmonic iPhone & iPod Touch Application

ご興味ある方はぜひダウンロードされたし。
現在聴くことのできるマゼール指揮のマーラーの5番も、ラトル=ベルリン・フィルとレニ―の演奏を足して2で割ったような演奏。最後の熱が凄い。


[image/air_ : 細越一平]

 アート関係者にとって、TwitterもしくはFacebookは有効なツールと成りえるか?
 優れた音楽家(演奏家)のための環境(場)を創るために。
 Facebook・Twitter・FriendFeed、それぞれの活用法、「可能性」と二進法。
 JASRAC排除命令が供託金によって免除、JASRACに関するリンク。
 
 「現代オーケストラの到達点」、アバド指揮ルツェルン祝祭管弦楽団を聴く(ARTE Live Web)。
 全力で音楽を表現し尽くそうとする、アバド指揮、ルツェルン祝祭管弦楽団の『復活』。

グリムスに<みず>がやってきた。

2009年08月22日 01:17

そして、ぼくのグリムスのなかにも、<みず>がやってきた。

Think the Earthプロジェクト「Water Planet 2009 みずのがっこう」とグリムスのタイアップ

こんなささやかな喜びでも、だれかが地球について考えるきっかけになったなら、それはすばらしいこと。

23日までなので、ぜひどうぞ。
まだ参加していない方は、gremz(グリムス)、この機会にはじめてみてはいかがでしょう。


[image/air_ : 細越一平]

 「1日何回、地球のことを想うだろう……」、Think the Earthプロジェクト みずのがっこう、ひとりひとりのsomething goodの積み重ねこそが、世界を、地球を正しい方向に導く。 
 グリムス(gremz)での3本目の樹を育て中、「Water Planet 2009 みずのがっこう」に参加してみた。
 グリムス(grems)からメール、木を植える(植えてもらえる)。
 gremzを貼ってみた。
 アート関係者にとって、TwitterもしくはFacebookは有効なツールと成りえるか?

「1日何回、地球のことを想うだろう……」、Think the Earthプロジェクト みずのがっこう、ひとりひとりのsomething goodの積み重ねこそが、世界を、地球を正しい方向に導く。

2009年08月22日 01:09

昨日のエントリー(グリムス(gremz)での3本目の樹を育て中、「Water Planet 2009 みずのがっこう」に参加してみた。
に引き続き、Think the Earthプロジェクトのご紹介。
といってもすでに有名なNPO法人ですから、ぼくがいまさらご紹介するのもおこがましいと思いつつ。
素晴らしい取り組みと思うので、させてください。

以下、Think the Earthプロジェクトのウェブサイトより引用です。
 コンセプト | 私たちについて

1日何回、地球のことを想うだろう……

Think the Earthプロジェクトは「エコロジーとエコノミーの共存」をテーマに2001年に発足したNPO(非営利団体)です。持続可能な社会の実現のために、ビジネスを通じて社会に貢献するしくみを提供し、コミュニケーションやクリエイティブの力で環境問題や社会問題について考え、行動する、きっかけづくりを行っています。

環境や社会問題への無関心とあきらめの心こそ最大の課題ととらえ、ウェブサイトや書籍などで情報発信を行っているほか、企業やNPO、クリエイターとともに誰もが参加できるプロジェクトを開発・提供しています。


Think the Earthプロジェクトでは、以下のようなミッションを掲げている。

ミッション

持続可能な社会の実現に向け、 環境問題や社会問題への無関心を減らし、 Think the Earthする人(=地球的視野で考え行動する人)を 世界中に育て、増やしていくこと。

1エコロジーとエコノミーの共存を目指す
 事業活動を通じた社会貢献を、企業やNPOとともに

2クリエイティブに発信。想像力に働きかける
 頭だけでなく、こころやからだで感じ、考えるアプローチ

3中間支援型のNPOとして人と社会をつなぐ
 企業やNPO、教育・研究機関などとのコラボレーション

4広い意味でのエデュケーション活動
 出版活動、メディアとの連携、研修/ワークショップ等



そんな Think the Earthプロジェクト、夏の恒例イベントが
みずのがっこう :給水オアシス マイボトルを持って街をめぐろう
会期が8月1日から23日ということで、この週末、東京近くにお住まいの方は遊びに行ってみてはいかがでしょう?

会場の様子が、スタッフ・ブログにアップされています。

給水オアシス@渋谷・原宿・表参道エリア [ みずのがっこう ]

給水オアシスルポ第二段 [ みずのがっこう ]


有名な海外のミネラルウォーターって、よく考えてみれば船やら飛行機やらに乗って、わざわざ石油を燃やして運ばれてくるんですよね。
そしてそれが24時間こうこうと照らされたコンビニで売られている。
例えばフランスの有名なミネラルウォーター1本を飲み干すまでに、どれくらいの化石燃料が消費されているのだろう。とか考えて(Think)みるだけで、明日からの「何か」が変わるかもしれない。

結局は、ひとりひとりのsomething goodの積み重ねこそが、世界を、地球を正しい方向に導くのでしょう。


[image/air_ : 細越一平]

グリムス(gremz)での3本目の樹を育て中、「Water Planet 2009 みずのがっこう」に参加してみた。
 グリムス(grems)からメール、木を植える(植えてもらえる)。
 gremzを貼ってみた。
 アート関係者にとって、TwitterもしくはFacebookは有効なツールと成りえるか?

グリムス(gremz)での3本目の樹を育て中、「Water Planet 2009 みずのがっこう」に参加してみた。

2009年08月21日 00:29

今日は話題を変えて。


このブログでも使わせてもらっている グリムス(gremz)も、いつの間にか3本目になった。

ぼくが育てた2本の樹は、内モンゴルかブルキナファソで植えられ、そして少しずつ大きくなっていくのだろうか。
 →グリムスの植林活動について
  これまでの植林実績は11800本。スタンバイ数が23228本。

こうやってブログの記事を書きながら、遠い世界の近い未来、生まれゆく森に想いを馳せる事が出来る、そしてそれに共感できる空気のように拡がる環、それがグリムスという、ウェブ・サービスを越えた世界観の素晴らしさだ。



そのグリムスが、8月1日より、「Water Planet 2009 みずのがっこう」とのタイアップを行っている。
 詳しくはこちら→http://www.gremz.com/mizu2009.php

「Water Planet 2009 みずのがっこう」
ようこそ、「みずのがっこう」へ。/いつでも、だれでも参加できます。



運営しているのはNPOの Think the Earth プロジェクト

持続可能な社会の実現に向け、 環境問題や社会問題への無関心を減らし、 Think the Earthする人(=地球的視野で考え行動する人)を 世界中に育て、増やしていくこと。

その紹介は明日に。



みずのがっこう、様々な参加の仕方がある。
今日はそのなかで、
チャリティー・ソーシャル・アクション
あなたのアクションが、世界をかえます。
に参加してみた。

mizu

「みずのがっこう」の期間中に得られた収益の一部は、途上国の水問題を改善するため、Think the Earthプロジェクトを通じて、特定非営利活動法人ピースウィンズ・ジャパンへ寄付されます。ひとりでも多くの方に、私たち自身のくらし方や社会を変える"きっかけ"を伝えたい。そんな願いを込め、2004年から始めたWater Planetは、2008年よりチャリティー・ソーシャル・アクションとして展開しています。「水の惑星 ? Water Planet」で生きる全ての人々が、安全に安心して水に親しむことのできる世界をつくるために、これからも大きなアクションへつなげていきたいと考えています。
チャリティー・ソーシャル・アクション ウェブサイトより

待ち受けFlashをダウンロードして水支援活動に参加しよう、携帯電話のフラッシュ待受をダウンロードすることで、配信料:105円(税込み)の
うち50円が、特定非営利活動法人ピースウィンズ・ジャパンを通じて寄付されるしくみ。
50円は、アフガニスタンの7人家族1日分の飲料水代に相当するのだという

できることから、無理せず、それでいて少しでも、さりげなくでも、世界のことを、地球のことを考えてみる。

グリムスのタイアップキャンペーンは8月23日まで。
是非とも覗いてみては。

http://www.gremz.com/mizu2009.php


[image/air_ : 細越一平]

  「1日何回、地球のことを想うだろう……」、Think the Earthプロジェクト みずのがっこう、ひとりひとりのsomething goodの積み重ねこそが、世界を、地球を正しい方向に導く。 
 グリムス(grems)からメール、木を植える(植えてもらえる)。
 gremzを貼ってみた。
 アート関係者にとって、TwitterもしくはFacebookは有効なツールと成りえるか?

アート関係者にとって、TwitterもしくはFacebookは有効なツールと成りえるか?

2009年08月20日 00:48

このまえの記事の最後のコメント、この方のです。

http://twitter.com/YujaWang/status/3272603939

そう、この前からめっぽうお気に入りのユジャ・ワン(Yuja Wang)on Twitterです。

"Sadly leaving lucerne, missing stepping on seaweed in the cold lake, dieci sorbet, eating fondue..."
 ?http://twitter.com/YujaWang/status/3366816762


Twitterの魅力は未だ過渡期のところにある。
しかし海外のアートシーンでは、TwitterFacebookなどのツールを活用しているところが多い。
具体的には、オーケストラなどの音楽団体、音楽レーベル(有名・無名問わず)、各種音楽祭、公共含めたコンサートホールなど。もちろんそのほとんどがFacebookMyspace、Podcastsやオンデマンドのコンテンツなどを充実させたウェブサイトと連動させている。

ぼくがTwitterを始めた理由のひとつが、そういった流れを実感として感じていきたいから。まだ10日くらいしかたっていないので、先行するユーザーの見よう見真似だが、海外のアート関係の情報は少しずつ充実してきた。


TwitterにしてもFacebookにしても、その目的はユーザー=顧客とのダイレクトな関係性と囲い込みにある。例えば、

・ダイレクトさや親密さ、イメージの外観をマネジメントするならTwitter
・情報の詳細提示、より密なコミュニケーションを図るならFacebook、と使い分けられる。

もちろんTwitterは様々なインフォメーション・ツールとしても活用できるので、<繋いだり結んだり広げたり>するには非常に有効な手段になるだろう。


Twitterをしてパーソナル・メディアのような使い方をしている方も多い。
少なくとも僕はTwitterを始めてから、ニュースソースへのブラウズの作法が変わってきた。

Twitterへの投稿、40.5%は「意味のないおしゃべり」--米調査

このような報告もあるが、少なくとも未だに芸能人の覚醒剤使用のソースにニュースの多くの時間を割く既存メディアを比べたら、より取捨選択の自由がある分だけ有効だと思うのは僕だけではないはずだ。

また、現状ではTwitterのアカウント自体でSEOにも効果的な対策になっているそうだ(これは今後変更になる可能性が高い)。


アートシーンにおいて、特に閉鎖的と言われている環境に於いては、ひとつの突破口になるのではないだろうか。



なお、ぼくのアカウントは、http://twitter.com/imageair_chikapです。
フォローはお気軽にどうぞ。目標はアート関係のポータル、出来る限りアート情報のフォローをしていこうと思っていますので、ゆる?く期待してください。



ちなみに『サマーウォーズ』の監督、細田守氏もTwitterに登場。
正確には8月1日からアカウントをとっていたようだが、この24時間で2000人以上にフォローされ、まだ増え続けている(お知らせメールだけで炎上しそう)。



[image/air_ : 細越一平]

 優れた音楽家(演奏家)のための環境(場)を創るために。
  「現代オーケストラの到達点」、アバド指揮ルツェルン祝祭管弦楽団を聴く(ARTE Live Web)。
 全力で音楽を表現し尽くそうとする、アバド指揮、ルツェルン祝祭管弦楽団の『復活』。
 グスターボ・ドゥダメル、シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラ
  「1日何回、地球のことを想うだろう……」、Think the Earthプロジェクト みずのがっこう、ひとりひとりのsomething goodの積み重ねこそが、世界を、地球を正しい方向に導く。 

全力で音楽を表現し尽くそうとする、アバド指揮、ルツェルン祝祭管弦楽団の『復活』。

2009年08月19日 01:15

ルツェルン祝祭管弦楽団は、クラウディオ・アバドが再編成した、スイスの湖のほとりで行われる音楽祭のためのレジデンス・オーケストラだ。
大病を患い、手術を療養から復帰したアバドのもとで音楽をするために、オフシーズンに集まったメンバーは錚々たるもの。
22日には再びライブ中継がARTE Live Webにてあります(下にリンク貼りました)。

このオーケストラだけは、映像つきで聴くことをお勧めする。
とはいっても、大家の顔を拝むためではない(ミーハーな人はそれだけでも楽しめますが)。



アバド=新生ルツェルンの「伝説」は、2003年、マーラーの交響曲第2番『復活』から始まる。
(そしてドビュッシーの『海』も、凄まじい)



ぼくは昨年の8月に飲食業から離れ、音楽に関して自分が何をすべきなのかを模索していた。
もちろん今も模索しているのだが(!)、当時のぼくは模索は模索でも暗中模索、五里霧中かつ無味無臭、自分の座標軸すらも分からず、日々の生活もままならず、決めたはずの心は揺らぎ、後悔なのか絶望なのかわからない地点にいた。

そんなとき、衝撃の映像に出会う。
教育テレビでは、「いつものように」N響アワーをやっていた(ような気がする)。
印象にない、それくらい「あたりまえな感じの」演奏だった(気がする)。
ぼくはかなり気が滅入っていた。音楽をもっと開かれた場所に、そう思いながら、現実に奏でられる音楽は「いつものように」「あたりまえな」ように、日常的な音楽でしかない。心が揺れない。

そしてそれに続いて、パリ・ギャルド吹奏楽団(正式名称は忘れた)の「仕事」演奏。フランスの軍楽隊は、何かの除幕式のような無表情で機能的な音楽をしていた。そしてそれも過ぎた。

さらにそれに続いて、東京佼成ウインド。モーツァルトの室内楽作品。そのあとのプログラムで使うのだろう椅子や譜面台が置かれたままの、ジャングルのようなステージ上で、モーツァルトのような音が聴こえる。恐らくはリハーサルも時間が取れなかったのだろう、その音は後味の悪さだけを残していく。

ぼくにはそれで決定的だった。一体音楽はどこに行ってしまったのだろう? 適度に消費された音楽だけが、その3時間を支配していた。

こんな音楽のために、自分の人生を賭けようと思った訳ではなかったのに。


そんな時に、友人の家で、『復活』を聴いた。
涙が出そうだった。友人がその場にいなければ、確実に泣いていた。

そこで繰り広げられる音楽には、全てが詰まっている。もちろん演奏は名手の集まるオーケストラ、折り紙つき。しかし、聴く者の心を突き動かすのはその「機能性」ではない。その「本気さ」であり、「情熱」である。
「原光」のアンナ・ラーションの感動的なソロに続いて、5楽章、オーケストラはいよいよドライブしていくなかで、パユが、アルブレヒト・マイヤーが、そしてザビーネ・マイヤーすらもが、管を突き出して、音楽を表現しようとしている。ホルンはベルを上げ、弦楽器はうねり、咆哮し、身もだえしている。

まるでアマチュアのようだ。
アバドのもと、全員が(それも世界的な名手が髪を振り乱しなりふり構わず)、全力で音楽を表現し尽くそうとしている。
初めてその映像を見た何年か前には痩せ細ってまるで別人のようになったアバドの姿も、今ではこの演奏のために自らの人生を動かしたのではないかとおもえるほどだ。
演奏後の客席の興奮状態にも頷ける。涙を流すもの、呆然としているもの、そして割れんばかりの拍手…。

ニューヨーク・タイムズにはこのような評が掲載された。

『それは稀にみる友情の結合であった。全員が音楽を創ることに喜びや楽しさを感じ、熱意と情熱を傾けて演奏するために参加していた。彼らは音楽のためならばどんな狂気じみたことでもやってのける覚悟で臨んでいたのだろうか。炎を踏み越えて歩み、飛翔するほどに』


音楽は、まだ何かを訴える力を、十分に持っている。
そう確信させてくれた、ぼくにとって思い出の音楽。


youtubeでも演奏を聴くことはできるが、できればこの演奏はDVDなどのパッケージがお勧め。
といってもamazonでは手に入らない様子です。ごめんなさい。


[image/air_ : 細越一平]

 8月22日のARTE Live Webはこちらから。
  →Lucerne Festival 2009 : Claudio Abbado dirige Mahler

 「現代オーケストラの到達点」、アバド指揮ルツェルン祝祭管弦楽団を聴く(ARTE Live Web)。
 アート関係者にとって、TwitterもしくはFacebookは有効なツールと成りえるか?

「現代オーケストラの到達点」、アバド指揮ルツェルン祝祭管弦楽団を聴く(ARTE Live Web)。

2009年08月18日 22:23

ARTE Live Webにて、今年のルツェルンのオープニング・コンサートが、期間限定で配信されている。

Lucerne-Festival : Claudio Abbado dirige Mahler (01:50:02)
 (8月15日に中継されたライヴ)


プログラムは、今年1月にドイツ・グラモフォンの専属アーティストとなったユジャ・ワン(王 羽佳/Yuja Wang)を迎え、プロコフィエフのピアノコンチェルト第3番、そしてマーラーの「巨人」。

ルツェルン祝祭管弦楽団とクラウディオ・アバドについては、多くを語る必要はないはず。

今回の演奏会では、特にプロコフィエフが素晴らしかった。
音楽の中心は勿論マエストロ・アバド。
しかし音楽のトリガーがどこに潜んでいるかわからない。
非常に主体的な音楽の在りよう、丁々発止のアンサンブルの妙に酔う。

オーケストラが、ひとつの楽器になっている。
それも、音色や音句で何らかの感情やいつかの情景、そしてまるで皮膚感覚を刺激するような、聴き手の想像力を喚起し、塑像していくような、音が「強度」をもった楽器なのだ。

プロコフィエフの集中力は、驚くべきユジャ・ワンの研ぎ澄まされた感性に、更に磨きをかけているようだ。


改めて、「現代オーケストラの到達点」という修辞を思い出した。
しかしそれは、たとえば「機能性」という言葉で括られるものでは、決してない。


[image/air_ : 細越一平]

"Heard the most amazing mahler no. 1, and met roberto benigni"
さて、これは誰のコメントでしょう?
 
 全力で音楽を表現し尽くそうとする、アバド指揮、ルツェルン祝祭管弦楽団の『復活』。
  アート関係者にとって、TwitterもしくはFacebookは有効なツールと成りえるか?

Twitterで爆笑問題の感想を垂れ流し中。

2009年08月17日 22:50

NHKで今放送している、爆笑問題の番組が、予想以上に面白い。

Twitterにてリアル感想垂れ流し中です。

http://twitter.com/imageair_chikap

(終了しました)

[image/air_ : 細越一平]

 アート関係者にとって、TwitterもしくはFacebookは有効なツールと成りえるか?

ユジャ・ワン(Yuja Wang)のルツェルン祝祭管弦楽団を聴いて。you tubeからプロコフィエフの「戦争ソナタ」を3本。

2009年08月16日 11:59

昨日arteで鑑賞したルツェルン祝祭管弦楽団のピアノ・コンチェルト(プロコフィエフ)があまりに凄かったので、今朝もまた聴きいってしまった。

Yuja Wang au festival de Verbier

眩暈のするような、それでいて滑らかで均整のとれたスカルラッティから愉快なモーツァルトまで楽しめます。


それならば、と、久しぶりにソクロフの原子力潜水艦の重々しさを聴いてみようかと。


Sokolov plays Prokofiev Piano Sonata No.7 in B-flat major Op.83 Third movement

う?ん、重厚、不沈艦です。

するとこんな衝撃映像も。


Prokofiev, Piano Sonata No. 7 - Mov III (Martha Argerich)

もはや取り憑かれています・・・こんなん聴かされたら心臓が止まってしまいそう。


そして・・・戦争ソナタ、聴き納めはこちらから。

http://www.youtube.com/watch?v=tpvVoKiKZNQ


・・・お粗末さまでした。

[image/air_ : 細越一平]

優れた音楽家(演奏家)のための環境(場)を創るために。

2009年08月15日 18:30

実はこのブログ、昨年12月に開設してから、丸2日アップしなかったことがなかったらしい。
別に夏バテで倒れたわけでも、将来に悲観して世捨て人になった訳でもありません。
心配してくれたかた、ありがとうございます笑


この数日お盆休みということを利用して、徹底的に情報を集める時間に費やしていた。
ということで今年は全く夏らしいことをしていません。
むしろ部屋でシベリウスを聴いて感動するくらい季節感無視。
これもこれからへの投資、ということで、今は我慢我慢。


ただ、おかげで改めて自分のミッション(というと大袈裟だが)を見つめ直す時間になりました。

それは、優れた音楽家(演奏家)のための環境(場)を創ること
音楽は、演奏する人間がいなければ決して生まれない。
そして、録音だけで音楽の全てを伝えることはできない。

それは、聴き手にとって、より豊かで親密な音楽の在り方を、見つけやすくすることでもあるはずです。
もちろん、事業者のためではなく。
音楽を食い物にしている一握りの人たちのためでもなく。

優れた同時代性を保ちながら、時代の浮世に流されることなく、一方で1%神話などの幻影に惑わされることなく、本当に奏でられるべき音楽を。

そのためにぼくがいると信じたいわけです。

といっても、未来の自分しか今を認めてくれはしないので、今はとにかく学び動くことのみですが。


ウェブサイト構築、データベース構築を容易にできて、しかも音楽のために尽くしたいので時間と労力と知恵を惜しまない!という方、ご連絡ください!

[image/air_ : 細越一平]

 アート関係者にとって、TwitterもしくはFacebookは有効なツールと成りえるか?
  「見るまえに跳べ」
 ぼくが音楽を生業(なりわい)にしようと想った訳①。
 ぼくが音楽を生業(なりわい)にしようと想った訳②。
 ぼくが音楽を生業(なりわい)にしようと想った訳③。
 ぼくが音楽を生業(なりわい)にしようと想った訳④。
 Facebook・Twitter・FriendFeed、それぞれの活用法、「可能性」と二進法。
 シカゴ交響楽団来日について思うこと、1%神話?、ラ・フォル・ジュルネ、野村ホールディングス赤字。

優れた音楽は優れた音楽家の優れた演奏によってこそ優れた音楽たりえる、湯浅譲二バースデーコンサート@東京オペラシティ。

2009年08月13日 01:50

ご縁あって、急遽オペラシティに行ってきた。

湯浅譲二 バースデーコンサート 80歳の誕生日を祝して

湯浅譲二氏の略歴はこちら → 湯浅譲二(ショット社)
プログラムはこちら。湯浅氏の独奏作品を、8人のヴィルトゥオーゾが、深いシンパシーとともに演奏した。


マイ・ブルー・スカイ第3番 My Blue Sky, No.3 (1977)
ジョージ・ヴァン・ダム(vn)

クラリネット・ソリテュード Clarinet Solitude (1980)(バス・クラリネット版)
山根孝司(b.cl)

タームズ・オヴ・テンポラル・ディーテイリング Terms of Temporal Detailing (1989) (アルト・フルート版)
大久保彩子(a.fl)

ヴィオラ・ローカス  Viola Locus (1995)
佐藤(般若)佳子(va)

メロディーズ Melodies (1997)
藤田朗子(pf)


テナー・レコーダーのためのプロジェクション Projection for tenor recorder (2004)
鈴木俊哉(rec)

R.D.レインからの二篇(2005)
「私は夢をみた」 I saw a dream
「愛は似る。降りくる雪の…」 Love is like the falling snow
松平敬(vo)

ぶらぶらテューバ Rambling Tuba (2006)
橋本晋哉(tub)

箏歌「蕪村五句」 Koto Uta “ Five Haiku from Buson” (2008)
吉村七重(二十弦箏)

川島素晴「湯浅メロディーズによるプロジェクション」(初演)


改めて、湯浅譲二氏の作品の強度、というか同時代性は失われていないと感じた。

先日ぼくが(ひそかに)尊敬している音楽家とお話させて頂いた時に、
湯浅先生は、とにかく汚い音は出したくないんですよ、と仰っていた、演奏するとやりたいことがよくわかる、湯浅先生の音楽は明晰で素晴らしい、それに比べると、今の若い世代の音楽家は特殊奏法のカタログを持ってきて実験しているような感じの人もいる、
というようなことを仰っていた。

今回のコンサートで改めて気づいたことがある。

それは、優れた音楽は優れた音楽家の優れた演奏によってこそ優れた音楽たりえる、ということ。
湯浅作品で日常的に用いられる重音やハウリング・ビート、声の多様、など「特殊技法」と言われたものも、ひとつの「語法」として日常的に処理できなければ音楽からは同時代性は失われる。

つまり、要素は特別であってはいけないのだ。奏でられるべきは音楽であり、技法ではない。
ぼくが「ゲンダイオンガク」のマニアックさについて否定的なのはこの部分である。技法や装置、語法が先行して語られる文脈、より誰もやっていない局地的行為に陥っていく様は滑稽ですらある。

それにしても御大80歳、湯浅作品の「かたちにとらわれない柔軟さ」のようなものも感じられた、素晴らしい時間だった。それは氏の知の深みによるところもあるのだろう。幸いにしてまだまだ創作への意欲は衰えるところをしらないようなので、ぜひエリオット・カーターのように100歳にしてまだ現役と言うように、これからも我々に優れた音楽を届けてほしいと思う。

なお、湯浅譲二氏の作品展については、この1年でも既に個展がいくつか開催予定とのこと(終了)。
順不同で掲載。

2010年1月13日
湯浅譲二作品によるワークショップとコンサート(公開講座)
http://www.tohomusic.ac.jp

2010年3月11日
湯浅譲二作品演奏会
http://www.millionconcert.co.jp/

2010年8月8日
湯浅譲二生誕80年記念コンサート

2009年11月27日
音の果実
http://www.musashino-culture.or.jp/

2009年12月20日
成蹊大学混成合唱団
第45回定期演奏会


ちなみに今日は、本来ならオペラシティ・リサイタルホールはメンテナンス日だったという。
それを覆しての演奏会に、氏を慕う気持ちがあらわれている気がした。


[image/air_ : 細越一平]

 アート関係者にとって、TwitterもしくはFacebookは有効なツールと成りえるか?
 墨田ぶらり下町音楽祭レポート ?押上文花町内会倉庫での衝撃の30分?
 <新しい耳>テッセラの春音楽祭閉幕。

「秩序化され洗練されたカオス」、伊藤公象 WORKS 1974-2009 <秩序とカオス>@東京都現代美術館。

2009年08月11日 22:37

東京都現代美術館に行く。

伊藤公象 WORKS 1974-2009
<秩序とカオス>


以下、ウェブサイトより引用。

伊藤公象は土を素材にした陶造形で知られる作家です。1932年に金沢の彫金家の長男として生まれ、十代の頃に陶芸家のもとに弟子入りしましたが、その後は伝統の世界から離れ、美術という概念を問い直すような新しい表現を土を素材にして追求してきました。ある時は土を凍らせ、ある時は乾燥による土の収縮や亀裂を創作に採り込むなど、自然現象を活かした独自の造形は早くから注目を集めました。1978年にはインド・トリエンナーレ、1984年にはヴェネツィア・ビエンナーレにそれぞれ日本代表として参加するなど、その活躍の場は国内を問わず海外まで広がり、土の造形のパイオニアとして高い評価を得てきました。

本展は作家が所蔵する主要作品を軸に、各地の美術館が所蔵する代表作を加えて、伊藤公象の作品の全貌を紹介する回顧展です。土に本格的に取り組み始めた1974年から現在に至る約35年にわたる軌跡を通して、人為をできるだけ抑え、自然の作用を採り込む有機的な創作の世界をご紹介します。また、当館の広大な展示空間にあわせて構成される大型インスタレーションや新作もご堪能いただけます。

豊かな生命力を喚起してやまない伊藤公象の作品は、自然と人間との関係性が問い直される21世紀にあって多くの示唆をわたしたちに与えてくれるでしょう。



代表作<アルミナのエロス(白い個体は・・・)>(1984年)の外、開放的な空間から屋外、そして次第に暗闇の中におぼろに映える作品の<流れ>に呑みこまれる。


ito1
土の襞 踊る焼凍土(2008年)

ito2
JEWELの襞(2002-2009年)

ぼくはこのインスタレーションの数々に、<秩序化され洗練されたカオス>を観た。
土に関しての専門的な知識と技術を持つ人なら、できそうだが決してできない気配。

偶然の崩れ、自然のメカニズムを取り込んで作品にする、いわばカオスすら屈伏させる、暴力にも似た秩序を感じた。

<染体No.3>(1978年)で示されるあざといまでの対比と構造が、美術館の構造すら取り込んで反復される光景は感動的ですらある。
運が良ければ見えるはず。ぜひ足を運んで見られたし。

8月23日、9月19日は、作品に実際に触りながら鑑賞するイベントもあるそうです。

ito3


そのあと、MOTコレクション 夏の遊び場ーしりとり、ままごと、なぞなぞ、ぶらんこへ。

事情がありなぞなぞとぶらんこは見られなかったが、前回のコレクションと比べるとインパクトは乏しい。
例えば<アート>と<デザイン・ワーク>と<おふざけ>の違いはどこにあるのか。
そんなことを考えてしまう。
といいながら、小沢剛の<地蔵建立>のシリーズに再度くすりとしたり。
島袋道浩の<片方の眉毛を剃ってヨーロッパを旅した>に、異邦人の本質とは何ぞやと考えさせられたり。

mot1
巨大ロボ、今日もこいつがおでむかえ
mot2
ゾイド、ロボに友達が増えてよかった


[image/air_ : 細越一平]

 東京都現代美術館、池田亮司展 +/?[the infinite between 0 and 1]
 国立新美術館、<野村仁 変化する相―時・場・身体>展、接ぎ木、『Ten-Year Photobook 又は視覚のブラウン運動』
 neoteny japan(ネオテニー・ジャパン 高橋コレクション)、伊藤存さんの水ドローイング。

音楽は今のわれわれにとってごちそうか?

2009年08月09日 10:00


21世紀の皿の上で、

古楽もロマンも現代も提示される

でも結局はそれを演奏するのも聴くのも21世紀の感性で

美味しいも不味いも、結局は21世紀の味覚だということは、忘れてはならないテーゼ


[image/air_ : 細越一平]

 料理と音楽のはなし、優れた味覚と音楽の素地を身につける方法。

料理と音楽のはなし、優れた味覚と音楽の素地を身につける方法。

2009年08月09日 00:52

料理と音楽のはなし。


優れた味覚を身につけるためにはどうしたらいいのでしょう?

小さな時から外食していろいろな食べ物を食べる?
お金を出して高級フレンチを食べる?


答えは同じメニューを食べ続けること。
高級な食べ物を数多く食べることより、味覚は養われるそうです。

それは家庭料理がよい。
要は、同じメニューの微妙な味付けの違いや食材の違いを感じることが大事なんだそうです。



ぼくは、味覚(舌の感覚)が鋭いとよく言われました。
それは食べ物に関しても、酒類に関しても。

しかし高校生まで実家にいた時は、基本的に母親の料理ばかりで、外食に行った経験はほとんどありませんでした。
小さい頃は、「ココス」に行くことが贅沢だと思っていたくらい(笑)。

「鶏の照り焼きが好き」といったら朝と昼の弁当は基本的に鶏の照り焼き!といった具合です。


結果として、もしかしたらそれが味覚の素地を作ってくれたのかもしれません。

加えて、ぼくが部活で朝早く出て夜遅く帰って来るときも、常に食事を作って待っていてくれていた母に、今は本当に感謝しています。


それで音楽は?

聴き比べ、とかぼくはあまり好きでもないし「誰のクレッシェンドが凄い」とかいう聴き方は馬鹿馬鹿しいと思いますが、例えば同じ作品を古楽器の奏法のものと伝統的な演奏と聴いて、どうしてこんなに違うのか?というところを考えるのは大切であると思います。

マーケティング的な側面として<違い>を鮮明に打ち出してきた「オリジナル楽器の演奏」。
(括弧付きにしたのは、アーノンクールやクリスティらが、今や口を揃えて歴史的演奏といったカテゴライズを否定している前提にのっとって)

それらの演奏の与えた衝撃も市民権を得た現代、先入観を取り払うことが容易(だと思う)な現代は、音楽にとって実は幸せな時代かもしれません。


グレン・グールドは、レコードを使った音楽の反復聴取の重要性について話しています。
それはシェーンベルクらの意見に(ある意味)沿ったものでした。

味覚を育てるように、音楽の感覚も、育ててみたいものです。


[image/air_ : 細越一平]

 現代に生きる全ての人が読んでもいいかもしれない。ショルツ著『指揮者が語る! 現代のマエストロ、29人との対話』。
 創造の過程に グレン・グールドの音楽22
 演奏の哲学 第1章 前提―20世紀、演奏の潮流3

JASRAC排除命令が供託金によって免除、JASRACに関するリンク。

2009年08月08日 00:41


先日、社団法人日本著作権協会JASRAC関連でこのようなニュースが流れた。


 
JASRACに関してはここで今更言を重ねる必要もないだろう。
ただ、ここでひとつだけ言えることは、「1億円」という金額が何処から・誰から出ているかということである。「供託金」というかたちにせよ、いとも簡単に(「理事会の全会一致で」)1億出してくるところに、JASRACの余力を感じる。
1億という記号は、著作権に関係するすべての要素から徴収された蓄積に成り立っていることを忘れてはならない。とはいってもいわゆる「古賀問題」で70億円以上をポンっと貸し出せる(結果的に減額したが)JASRACである。1億位は屁でもない。
しかしぼくは、JASRACの「一元管理」によって、演奏してほしい曲を演奏してもらいたい人に演奏してもらいたい時にできない事実を知っている。

ここから貼るリンクは、JASRAC関係で発表された文章でぼくが気になったものだ。もちろんそこには批判的なフィルターがあることはご了承のうえで参照して頂きたい。
ぼくはJASRACの「留保なき著作権管理」に否定的である。もちろんJASRACによって効率的に管理されている状況もある(特に、海外での使用に関しての著作権使用料の徴収など)。

松浦晋也のL/D 初音ミクとJASRAC
 是非コメントの最後まで読まれることをお勧めします。あえて批判的な文面をこしらえる松浦氏と、それに対してのコメントはまっとうな論議だと思います。けれど、「古賀問題」や小野清子氏の「腰掛け団体」の問題は基本的にすべて事実です。そしてそれらの費用に関しても著作線使用料の50%と会員から徴収する会員費によって成り立っています(ちなみに会員費年24000円を支払わないと、JASRACの議決権はありません)。

坂本龍一 音楽著作権の独占管理改めよ 
 今から10年以上前に朝日新聞に掲載された問題定義ですが、日本の現行では何ら変わっていません。例えばクリエイティブ・コモンズはそれに対しての一つの有効な対策になる可能性がありますが、日本では市民権を得ているとは言い難いでしょう。ちなみに広瀬香美さん@kohmiは、Twitterのうた「ビバ☆ヒゥィツヒヒー」をクリエイティブ・コモンズのライセンスにしようとおもったらしい。レコード会社との兼ね合いでボツったそうですが、広瀬さんの言葉からクリエイティブ・コモンズが出てくること自体が事件だとおもったり。

「国と特に密接な関係がある」特例民法法人への該当性について(公表) 
 要は、JASRACは天下り団体じゃないですよ、という文書。この文書と先に挙げた松浦氏の記事とそれに連なるリンクを見てどう感じられるかはご自由に。


[image/air_ : 細越一平]

 クリエイティブ・コモンズ・ジャパンから、日本版フェアユース導入についてのアンケート。
 クリエイティブ・コモンズから、「日本版フェアユース」導入に関してのアンケートです。8月17日までですので是非ご参加ください!
 MUSIC FOR FREEDOM、イランの自由、自由のかたち、音楽の自由。
 Sutros、クリエイティブ・コモンズ導入の実例、今後の可能性について。
 ON CLASSICAL、クリエイティブ・コモンズ、JASRAC、日本の著作権事情に思う。
 クリエイティブ・コモンズの概要、CCライセンスに基づき転載。
 実際にクリエイティブ・コモンズのライセンスを作成してみた。
 クリエイティブ・コモンズについて、CCJPのFAQからの引用、意思表示、<クエスチョン>。
 著作権法、<記号論的恐怖>。
 

Facebook・Twitter・FriendFeed、それぞれの活用法、「可能性」と二進法。

2009年08月06日 00:58

この1,2週間で、FacebookTwitterFriendFeedと立て続けに使いはじめた。

理由はひとつ。世界がどう動いているのか知りたかった、感じたかったから。
もちろん全て初心者なので全て手さぐりだが、若干見えてきたものもある気がする。



「可能性」というキーワード。
そのポテンシャルが最高の状態は「何もしていない」ときの状態だ。
可能性は最大、全てはこれから始まる。

しかし、「何もしない」ということからは何も学べない。
「可能性」には賞味期限があり、それが過ぎれば食当たりのような後悔しか残らない。

そういう文脈では、われわれは二進法の世界にいる。
つまりは、「やる」か「やらない」か
もちろん建設的な、または先見的な「やらない」もある。むしろそれができる人は勇気がある人かも知れない。

けれども、自分の人生に「1」のフラグを立てる、つまり「やる」ということを選択することは、「失敗=学び」のサイクルに入ることを意味する。そしてそのサイクルは繰り返しまわすうちに、「学び=成功=進歩」というアクションに繋がっていく。



座右の銘は「見るまえに跳べ」
もとは大江健三郎さんの小説のタイトルで「ビビっときた」言葉だが、いつのまにか自分のスタンスに染みいってきた。



自分の人生、一度きり。
だとしたら、少しでも多くの景色を見てみたい。



インディアンの言い伝えにこういう言葉がある。

生まれる時は笑顔の中で泣きながら生まれ
死ぬ時は涙の中で笑って死ぬ


そんな人生にするのも、自分自身の選択。



Twitterの感想。
情報に敏感になること、取捨選択のスピードを速くすること。
予想以上に、可能性のあるツールと感じた。

Facebookは情報の共有と発信のスピードが速い。
また、海外の音楽系のサイト(とりわけ今シーズンの音楽祭関係)は、FacebookMyspaceはもはやデフォルトになっている感さえある。
ぼくは気後れするタイプなので、気軽に「友達になる」をポチッていうのが苦手なので、もっぱらダイレクトな情報収集用になっている。

FriendFeed、完全に友人との情報共有。
実は一番くだらなくて一番面白い情報をほぼ垂れ流し。TwitterFacebookもgooglereaderも全てここにたまって笑っている感じ。



活用してこそ、である。
早く役割分担させながら使いこなしたいな?。



フォローや友達申請はお気軽にどうぞ!


[image/air_ : 細越一平]

  「見るまえに跳べ」
 ぼくが音楽を生業(なりわい)にしようと想った訳①。
 ぼくが音楽を生業(なりわい)にしようと想った訳②。
 ぼくが音楽を生業(なりわい)にしようと想った訳③。
 ぼくが音楽を生業(なりわい)にしようと想った訳④。

ベルギーの音楽アンサンブル、Champ d'Actionの9月。

2009年08月04日 23:35

ベルギーの現代音楽アンサンブル、Champ d'Actionのライヴ・スケジュールが、OYA PIANO DUO OFFICIAL BLOG で更新されている。

ストラスブールの音楽祭ではRaphael CendoとMauro Lanzaの二人をフューチャーしたプログラム。
Action Painting [fl, 2cl, hb, fg, hrn, 2vn, va, vc, cb, trp, trb, perc, pno] 聴いて(体験して)みたい。

そしてゲントのフランダース国際音楽祭
Vinko Globokar - Voix Instumentalisée
Alvin Lucier - I'm Sitting in a Room
Serge Verstockt - Waterboarding
動作であったり、身体性であったり、音楽をいう領域を超えたタイトルが付されたものばかり。

Festival Made®!というプロジェクトについて、公式ウェブサイトではこのように記されている。

Festival Made®!, a fairly new project dreamed up by Flanders Festival International Ghent will amaze for the second time both young and young at heart. This happening will be staged at Ghent's former courthouse, in the centre of the city.
This unique setting will literally put you in touch with classical and innovative music: the cells, the countless meeting rooms, the yard… each location will have a different discovery in store for you. This year the starting point for “Festival Made®!” is the human voice, from the classic aria to a laughing choir with a beatbox, all the way to a whispering concert. The human voice will the link between old and new music, between East and West, and between classical and pop. Both young upcoming talent and establised ensembles will take you on an adventures journey!

All concerts last about half an hour and are presented at least twice. Decide for yourself which concerts you actually wish to attend.
(英文サイトより)

仏文では、made®という言葉に対して
Made ®= expérimenter, découvrir, jongler, rechercher…
と付記してある。
体験する、ひらく、ごまかす、そして究める、そんな意味を充てているようだ。上記のプログラム・タイトルにも何となく合点がいく。

そして、Champ d'Actionのウェブサイトには掲載されていないが、MuHka(アントワープ現代美術館)ではマイケル・ナイマンのワルツ(!)。
もしかしたら映像などとコラボレーションなどだろうかと想像。

 Champ d'Action


OYA PIANO DUO OFFICIAL BLOGでは、大宅裕さん、さおりさんの参加するコンサート情報が更新されています。
8月は日本でたくさん、刺激的な演奏が聴けそうですよ! 


[image/air_ : 細越一平]

 Morton Feldman: Patterns In A Chromatic Field: Arne Deforce(Vc)大宅裕(P)
 パスカル・デュサパン -Trio Rombach for clarinet, cello and piano
 <新しい耳>テッセラの春音楽祭閉幕。
 <新しい耳> テッセラの春音楽祭続報 第1夜 <原田敬子の耳?直感力?>

現代に生きる全ての人が読んでもいいかもしれない。ショルツ著『指揮者が語る! 現代のマエストロ、29人との対話』。

2009年08月04日 00:39

「生まれ変わったらなりたい職業」「憧れる職業」としてランキングされることもある指揮者。
世界に名だたるマエストロは、何を考え、何を想い、何を憂い、何を求めているのか?


『指揮者が語る! 現代のマエストロ、29人との対話』
(ディーダー・ダーヴィット・ショルツ著、アルファベータ社、2008年)は、その知的好奇心に応えてくれる名著である。


・音楽が好きな人、とりわけオペラや交響曲が好きな人
・「歴史的」音楽と「モダンな」音楽、そそして「現代の」音楽に対して興味がある人
・そもそも指揮者っている必要があるのか?と思っている人
・音楽を専門に勉強している人

・経営者、リーダーシップに興味がある人
・上昇志向がある人、ワークアホリックな人
・権力志向が強い人
・人生一足のわらじじゃつまらないと思っている人

・独占欲の強い人、束縛志向の強い人
・伝統を重んじる人
・伝統を軽んじる人

・ジャーナリズムを目指している人
・日本のマスコミが嫌いな人
・政治に関して関心がある人、歴史に関して関心がある人

・魅力的な人物になりたい人
・メンターと呼ばれる人になりたい人
・ヘーゲルが好きな人
・わがままな人、頑固な人、へそ曲がりな人
・リヒャルト・シュトラウスが嫌いな人、あるいは好きな人

これらの要素を持っている人には、何かしら与えるものがあるはず。

おススメです。


[image/air_ : 細越一平]

 ≪re-view + inter-view → VIEW ?≫ アーティストの声に耳を傾ける。

モーツァルトの交響曲は「人間をある目的地へと導く道のようなものを示している」(アーノンクール)

2009年08月03日 22:14

国際モーツァルテウム財団のウェブサイトの日本語版に迷い込んだら、アーノンクールの言葉を見つけたので、リンクしておきます。

 ニコラウス・アーノンクールによる祝辞

モーツァルト・イヤーである2006年、モーツァルトの最後の3つの交響曲の演奏に先立っての祝辞のようです。
決して語り尽くすことはできないモーツァルトについて、アーノンクールは慎重に言葉を重ねていきます。それは次第に、現代のわれわれの聴取と音楽の取り巻く社会的状況の危機についても広がっていきます。
少し長いですが、音楽が好きな方はぜひ読んでみることをお勧めします。


モーツァルトの幼少時代の作品が演奏されたことを受けて、この文章を引用します。
アーノンクールの言葉からは、何故父レオポルドがモーツァルトの8才の作品を、作曲法の間違いや自らが良しとしない作風も、全てを飲み込んで書き記したのかということの真相を、垣間見ることができるようにも思えます。


この子供は天才だと父親が気付いたとき、モーツァルトの家では一体どれほど強烈な衝撃が走ったのでしょう。自分の子供はかわいらしくて利口だと思っていたら、突然ワニの姿に見えるのです。モーツァルトのような天才は、天才になるのではなく、突然現れる宇宙からの彗星のようなものなのです。遊んでいる子供ではなく、むしろ遊んでいる大人と言えます。
人間社会では通常天才を育てるということはなく、そのため手本もありません。そのような悪魔的存在は当然周囲を占領し、「教育」することはできません。それは愛すると同時に不安を駆り立てる同居人です。彼が初めて音楽で表現をしたときから、モーツァルトの芸術家としての道に迷いはなく、息をのむような確実さを持っていました。彼の人生における道のりの見かけとはちょうど正反対でした。
子供の頃から既に彼は、体験や経験できたはずの事柄を大きく超越した感情的内容の作品を作曲していました。そのため、彼は過去も今もずっと若者のままですが、私たちはこの若者から愛と死、悲劇、罪と幸福について究極かつ根本的な機密を教わることができるのです。
彼は私たちに、精神的な深い谷間を覗き込ませ、その直後に天を仰がせます。 ひょっとすると、神の手に石筆が握られているかもしれません。



[image/air_ : 細越一平]

 神童モーツァルト、8才のころの音楽が演奏される?国際モーツァルテウム財団より。

神童モーツァルト、8才のころの音楽が演奏される?国際モーツァルテウム財団より。

2009年08月03日 21:44

モーツァルトが8才で演奏した音楽の楽譜が、永い時を経て演奏された。

お姉さんマリア・アンナのノートに記譜されていたという楽譜自体は、国際モーツァルテウム財団が長い間保管してきたもの。今回、譜面を「書いた」のは父レオポルドだが、書かれた音楽自体はモーツァルト少年の手に成るものだと結論付け、発表したとのこと。
だから、厳密には「新発見曲」ではない様子。

ロココの神童モーツァルトの新しいレパートリーは、4分ほどのコンチェルトと、1分ほどのプレリュード。
鍵盤楽器の楽譜は、手を交差させたり、ダイナミックな跳躍があったりとレオポルドの作風とは異なっており、またいくつかの作曲上の誤りがそのまま遺されていることから、レオポルドは息子の即興をほぼそのまま書きつけたという推論だという。

そう思うと、レオポルドの彗眼に感服せざるを得ない。

演奏の様子と実際の譜面は、国際モーツァルテウム財団のウェブサイトからアクセスできる。
 
 Zwei neue Mozart-Werke entdeckt
しかし重い・・・世界中からアクセスされているのだろうか?
そして英語版はエラーが出ます。日本語はまだ更新されていない模様。

タイムズの記事ではコンチェルトの抜粋が聴けます。こちらは早い。

 ‘Missing link’ work of Mozart, aged 8, played for first time in Salzburg
タイムズによると、今回演奏されたのはハーヴァード大の教授であるRobert D. Levinによってオーケストレーションされたもの。2010年の1月には、パープシコードと弦楽合奏版の初演も控えているという。


[image/air_ : 細越一平]

 モーツァルトの交響曲は「人間をある目的地へと導く道のようなものを示している」(アーノンクール)

クラシックの作曲家は映画の素材としてどうなのか? ラフマニノフとクララ・シューマン。

2009年08月02日 17:49

ラフマニノフの映画を観た。

『ラフマニノフ ある愛の調べ』
出演: エフゲニー・ツィガノフ, ヴィクトリア・トルストガノヴァ, ヴィクトリア・イサコヴァ
監督: パーヴェル・ルンギン


ロシア映画。
ラフマニノフがアメリカに渡り、コンサートピアニストとして活動し始めてからの精神的苦悩と、青年期からの演奏と作曲活動、女性遍歴などが並行して描かれている。

正直映像や音楽は美しいが映画としては並み、か。
ラフマニノフによほどの愛着がないと、時間軸とかも説明なくポンポン飛ぶので大変だと思う。

マスパッケージには、やはり普遍性や通俗性がどうしても求められる。
そこに妥協しすぎればただの娯楽作品になる。

クラシックの作曲家に限らず、芸術家という存在は、人間そのものや時代の空気に対して非常にデリケートな人たちでもある。
いわば極限としての素材として、その声に耳を傾ける事が重要であると思うが、それでもバランスが難しい。
その点では、ヴィスコンティの『ルートヴィヒ』はやはり傑作だと思う。
ルートヴィヒのエキセントリックさが、時代の狂気と相まって普遍的な問いかけになっている。

そもそもクラシックの作曲家の映画って、それほど需要はあるのだろうか・・・当地ではあるのかな?
とおもったらちょうど文化村でクララ・シューマンの映画が公開されていた!
しかも監督はブラームスの叔父の末裔・・・! だからか! ブラームスイケメンすぎ。

 クララ・シューマン 愛の協奏曲
(邦題は韓流ドラマのようなセンスですが・・・)


インターネット・ラジオでは、丁度ブラームスの交響曲第1番の4楽章。ヤンソンスとバイエルン放送交響楽団は、オーソドックスで重厚でいながら歯切れのよいブラームス。

やはり需要はあるのだろうか・・・?


[image/air_ : 細越一平]

 『ルートヴィヒ』、狂気の投影。

ぼくが音楽を生業(なりわい)にしようと想った訳④。

2009年08月02日 01:39

前職から離れて1年が経った。

image/air_についていえば、なかなか始まらないのが現実であるが、それでも少しずつ現実の形が見えてきた(ような気もする)。


1年というのが、早いのか遅いのかはわからない。
自分がこの時間から何を得たのかは、これからが決めることだ。


しかし、ひとつだけ言えることは、ここから先は「やりたいことだけをやる」ということ。

これまでの旅とこれからの旅は、おそらくはちょっと違う。


昨日二子玉川であった時に、佐藤は「もうこれからは逃げない」というようなことを言っていた。
別に彼がこれまで逃げてきたという訳ではない。どちらかと言えば立派なキャリアを積んできた。

しかし、これからの旅はやはりちょっと違う。彼もそれを理解しているのだと思った。


やりたいことはやるべきことで、しかもそれは誰かがではなく自分たちが「やりたい」のだ。


[image/air_ : 細越一平]


 ぼくが音楽を生業(なりわい)にしようと想った訳①。
 ぼくが音楽を生業(なりわい)にしようと想った訳②。
 ぼくが音楽を生業(なりわい)にしようと想った訳③。

また行きたいと思える「実際のお店」つくり、IKEA港北編。

2009年08月02日 01:30


また行きたいと思える「実際のお店」つくり。


港北のIKEAに行ってきた。

収納家具を探しに行ってきたのだけれど、使ったお金は1000円ちょっと。
寸法や値段や雰囲気を見て、結局は「帰ってネットで注文しよう」ということに。
行き帰りは、田園調布からの無料送迎バス。なんともリーズナブル。

商品はオンラインストアで注文すれば良い。
それでも感想は、楽しかったまた行こう、になる。

IKEAでは8月1,2日と、「世界で最大部数の発行物」というストアカタログを配布している。


IKEAの売りは「優れた品質と機能、しかも低価格」である。
それができる下地は「自社デザインの確立、マーケティングの裏付け、大量生産と人件費の抑制(生産から販売まで)、そして顧客とのワークシェアに基づく店舗設計」にある。

しかしそれだけではない。
カタログの目次では、IKEAの代表取締役社長ラース・ペーテルソンがこう呼びかけている。

「あなたのこだわりは
何ですか?」

IKEAでは、モデルはあっても押し付けはない。
選ぶのはあくまでも消費者ひとりひとりだ。(しかし規格はほとんどの商品でひとつだけだ)

そしてその商品を通して、消費者は様々な夢を見る。
IKEAの店舗は、おそらく空港のデザインを意識している。
入口から見た中は、これから始まる旅へのワクワク感を誘う広がりがあり、出ていくときは逆に寂しさを感じるくらいのそっけなさがある。

徹底したIKEAにしかできない強みの構築と告知、顧客ひとりひとりへの呼びかけ、そしてなによりここに来たらこういう未来を創れるという、想像力を刺激するワクワク感。

それはまた来たくもなるというもの。

ikea1
ハンガーもここまであるとアートっぽい。

ikea2
IKEAと言えばフラットピック。
ざっくに言えば「平積み」。これを強みに出来たところが大陸的発想。


[image/air_ : 細越一平]



最新記事


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。