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芸術・文化活動と<アカウンタビリティー>の問題。

2009年09月29日 21:40


「しあわせな夜のために」のつづき。


夜コン」ってなんだ?

(財)かすがい市民文化財団の主催事業で、文化フォーラム春日井・交流アトリウムにて毎月第2土曜の昼と第4金曜の夜を基本に行われるコンサート。
小一時間ほどで、トークを交えながら気軽に楽しめるものとのこと。


OYA PIANO DUO OFFICIAL BLOG でも、「どっぷりな1日」というエントリに、2年前に出演した時よりもお客さんが3倍くらいになっていた、スタッフの熱意が伝わる、というようなコメントがある。
地方で地道な取り組みが奏功しているのだろう。そんな意味でもすてきだ。


その反面、財)かすがい市民文化財団のウェブサイト(click)を探しても、「昼コン&夜コン」に関しての記述は出てこない。
ありがちだが、公演のスケジュールだけが掲載されていて、それがどういう催しなのか、どのような想いを込めているのか、そういった情報には触れられていない。
これが機関誌や広報誌のような活字スペースの限られた情報媒体であるのならやむをえないとは思うのだが、ウェブの特性上、(とくにそれが財団としての主催事業であるのならなおさら)より踏み込んだ情報提示の在り方ができるのではないか。


それをして、芸術(家)と<アカウンタビリティー>の問題に紐付けることも出来る。
少なくとも現在統計を取った訳ではないが、美術系のアーティスト(団体)と音楽系のそれとでは、<アカウンタビリティー>に関しての認識に差があるように思える。情報発信と、活動に対しての説明責任を遂行することで、社会に対しての自覚的責任を常に問う必要は少なからずあるのではないか(と言っても迎合せよというものではもちろんない)。

その根底にあるのは、危機感だろうか。それともリテラシーの問題か。「事業」であるならばそこにはより多くの人を集める必要があるだろうし、それが公益に即した法人であればなおのことである。しかし、そういった意識や感覚に疎いのもその近辺の団体である。


そうはいっても、「ならば収益を合わせるために指定管理者制度を徹底させて民営化しろ」などと言っているわけではない。良いものは良いのだ。
だからわれわれが考えるべきは「どうやったらそれをもっとたくさんの人に知ってもらい、共感してもらい、足を運んでもらい、参加してもらうことができるのか」ということである。

<アカウンタビリティー>とは、ひとりよがりから脱却するための最初の行動であるかもしれないのだ。


[image/air_ : 細越一平]

 コンサートのススメ:「しあわせな夜のための」
 
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コンサートのススメ:「しあわせな夜のための」

2009年09月29日 20:40

すてきなコンサートのご紹介です。



夜コン 「しあわせな夜のための」

文化フォーラム春日井・交流アトリウム(愛知県春日井市)
2009年10月23日(金) 19:00?20:00

<入場無料>

[出演]大宅はるな・大宅さおり(ピアノ連弾)

[プログラム]6つの古代エピグラフ(ドビュッシー)、ドリー(フォーレ)、音の手帳(三善晃)、他


主催・問合せ

(財)かすがい市民文化財団 0568-85-6868
http://www2.lib.city.kasugai.aichi.jp/zaidan/2009/10/post_370.html


OYA PIANO DUO OFFICIAL BLOG
最新エントリより引用させて頂きました。


[image/air_ : 細越一平]

 芸術・文化活動と<アカウンタビリティー>の問題
 ベルギーの音楽アンサンブル、Champ d'Actionの9月。

ミュージック&リズムス TOKYO KIDS 2009 に参加。

2009年09月28日 01:10

ミュージック&リズムス TOKYO KIDS 2009
以下公式ウェブサイトより。

豊かな自然の中で、水の音、風の響き、森のざわめき等に触れつつ、音楽の生まれる現場を体感してもらい、自分たちの手で、石や竹を使って楽器を作り、 音楽を生み出していくことを学ぶワークショップです。
日本の音のすばらしさを肌で感じ取り、石や竹、木などの大切な命を音楽へと作り上げていく楽しさを体験してもらいます。ワークショップの積み重ねとみんなの力を結集することで、手づくりのオーケストラを自らの手で作り上げ、全員参加による演奏会を実現します。
竹や木を使った日本ならではの楽器のほか、プロの演奏家たちの様々な音楽も加わり、地球音楽・ワールドミュージックの祭典を創造します。




という訳でこちらのイベントにスタッフとして参加することにしました。

昨日はワークショップ初参加(イベントとしてはステップ1」の2日目)。高尾の森わくわくビレッジに行ってきました。
何故今回参加するか、そして初日の感想などはまた後日。とりあえずは、子どもとふれあい、とても楽しかったです!


[image/air_ : 細越一平]



サントリーミュージアム[天保山]閉館に思う、「主体的な未来」。

2009年09月18日 00:57

サントリーミュージアム[天保山]が閉館するニュースからしばらく経った。

http://www.suntory.co.jp/culture/smt/about/index.html

「企業メセナ」という言葉が一般的になる以前より熱心な文化活動を推進してきた日本の代表的な企業が選択したのは、創業110周年を記念して設立した「公益財団法人 サントリー芸術財団」内の、サントリー美術館(六本木)に一本化していくというものである。
ちなみにサントリーミュージアム[天保山]はサントリー株式会社の創業90周年事業の一つとして1994年11月3日、創業の地大阪・天保山ハーバービレッジに誕生した。2010年に閉館ということだから、16年の歴史に転換点を入れるということだ(それ以降の活用は大阪「市」と協議していくらしい)。

企業主体の文化施設に、永続性や継続による発展を求めるのは難しいという事実を、改めて示した今回の決定。一方なかなかカネもヒトもハコも回らない地方自治体に主体的な文化施策を求めることは、今後更に困難になっていく。

サントリーは「なお、サントリー美術館は、サントリー芸術財団の活動の一環として、引き続き東京・六本木を拠点に活動を続けていきます。」という。つまりは大阪、天保山は切り捨てた、という訳だ。不景気になり、カネの循環が悪くなればなるほど、東京(首都圏)中心の依存型経済は強まる。
アート関係の地方イベントはますますに元気だが、冠企業のスポンサードは撤退も多い。

ベネッセの直島、セゾンの軽井沢のような企業主体の地方文化施設には、未だに気概を感じる。
しかしこのようなご時世だからこそ、それこそ「草の根」の、「身の丈をちょっと背伸びした」地域(あくまでも「地方」という行政的な枠組みではなく)主体の動きが逆説的に生まれてくるのだろうし、そうあってしかるべきなのだと思う。
そしてそれらの動きがニッチな部分にとどまることなく、もっともっと拡がりと認知のもとに花開く、そんな「主体的な未来」のようなものを想像してみるのも面白い。

そしてその「主体的な未来」に、少しでも寄与するのがこれから10年の僕の仕事だ。


[image/air_ : 細越一平]

 <ブランド>の変質についての覚え書き、失われたコンパス、花と水。

夢は逃げない、ブログ更新が少々滞りがちな件についての言い訳。

2009年09月09日 00:51


「サントリーホールでの音楽も、公民館での音楽も、同一線上に配置する。それによって資本や権威やしがらみが関係せず、<聴き手が>自由に身近に、聴きたい音楽を選べる場所をつくる」というようなことを書いた。
その仕組みをつくることで、聴き手が気軽に音楽を探して辿りつくことができる、立ち寄ることができる、楽しむことができる、そんな社会や環境をつくることができると書くと大袈裟だけど、そんな世界を作りたいから、今こうして何事かを成そうとしている。
少なくとも今頭の中にあることがうまくつながれば、そんな世界に少しばかりは寄与できるのではないかと思っている。


昨年12月に開設してからほぼ毎日のペースを超えたエントリを重ねてきましたが、ここ最近、更新が滞っています。現在細越は、新しいプロジェクトのために目下勉強(の前段階ともいう)をはじめています・・・

概要はまだ構想中ですので明らかにはできません(明らかにできるものもまだありません)が、概ね上に引用した内容を具体化していくものになります。

ちなみに、そのプロジェクトの名前は、<aria>といいます。

以前ユニクロの社長が、「世界を変えられると思わなければ、事業などする価値がない」といってた。
しかし、このイメージが形になれば、少しずつでも世界は変えられると信じている。


途方もなく、いくら理想論であっても、夢や想いは言葉にしなければはじまらない。
夢は逃げない、諦めるとしたらそれはいつも自分。
むしろ今まで待っててくれた夢に感謝。

このブログの更新も、少々不定期になりますが、音楽を中心としてアート全般に関わる事柄を、これからもあげていきますので、何卒今後ともよろしくお願いいたします。


[image/air_ : 細越一平]

純粋な音楽。クルターグ夫妻と菊地裕美さんのリサイタル(ARTE Live Web)から。

2009年09月04日 00:37

ARTE Live Webから。
プロヴァンス音楽祭より、クルターグ夫妻と菊地裕美さんのリサイタル。
※コメントでご指摘頂いたように表記を訂正しました。(2015/1/27)

Récital Gyorgy et Marta Kurtag au Festival d'Aix-en-Provence (01:08:01)

30分を超える"HiPartita pour violon solo, op. 43"、繊細でしなやか、それでいてドラスティックな響きの音楽。クルターグ氏より献呈された菊池さんの演奏は、「楽譜に貼りついた」、つまり作曲家とともに音楽を創造しているような音楽。

そして後半は、クルターグ夫妻が、アップライト・ピアノに寄り添いながらの"Extraits de Jatékok (Jeux)et Transcriptions (1975 - work in progress)"。

「誰かのための」、ささやかで、静謐で、親密な音楽。
それは多分に、作曲家でもあり夫でもあるクルターグ氏の、愛する人へのオマージュ(Hommage à M. K.)でもあり、自らの人生の道程と、そこに関わった全ての音楽に対するオマージュなのかもしれない。

以下のようなコメントがあった。強く共感するのでここに引用する。

Sascha, 25/07/2009 00:21
Listening to Kurtag's music played by his wife Marta and himself has been a life changing experience. I hope this video stays here for many to see (more, listen!) to how sensitive and deep one can approach music and communicate so much through it to other people.


アンコールのバッハの連弾では、不覚にも涙がこぼれた。

音楽はこれほどまでにピュアでよい。
アップライトに傅くふたりの背中からは、そんなメッセージが聴こえてきたりもする。


今週末は、ゆっくりと耳を傾けてみてはいかがでしょう。


[image/air_ : 細越一平]

 「現代オーケストラの到達点」、アバド指揮ルツェルン祝祭管弦楽団を聴く(ARTE Live Web)。
 全力で音楽を表現し尽くそうとする、アバド指揮、ルツェルン祝祭管弦楽団の『復活』。

 優れた音楽家(演奏家)のための環境(場)を創るために。

 Morton Feldman: Patterns In A Chromatic Field: Arne Deforce(Vc)大宅裕(P)


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